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有田焼にて商社として店を構える賞美堂 其泉窯の赤濃金彩唐草 ディナー皿25cmを出品致します。
賞美堂本店は、古伊万里様式から明治伊万里までの文様や意匠を現代に復刻しています。
【賞美堂HPより】
日本人が西洋の華やかな文化に憧れた明治初期。当時生まれたこの意匠は、染付ではよく見られる、絵柄の輪郭となる線と同系色で周囲を塗る表現を朱赤で施した珍しいものでした。構図も洋食器であるため、器の内側は白く、内絵を施す有田焼では極めて新鮮な図案だったと言えます。その図案を復刻した「赤濃金彩唐草」は、和食、洋食はもちろん、エキゾチックな演出にも活躍します。
明治初期の精磁会社のようなデザインです。赤と金彩の組み合わせが良いと思います。
精磁会社とはご存知ない方が多いかと思います。
明治8年(1875年)4月に辻勝蔵、深海墨之助、手塚亀之助、八代深川栄左衛門と4月10日に香蘭社を設立しました。これは日本最初の陶磁器製造会社です。
その後、香蘭社分離に合わせ、明治22年に深川以外の4名で精磁会社設立をします。しかし、採算度外視した作品を制作しつつ、時代のタイミングに合わなかった仏製の大規模製陶機を導入したことで、経営困難になり、1905年に大風害によって工場が倒壊したため完全停止、精磁会社はなくなってしまいました。これが10年間程しか存在しなかった「幻の精磁会社」と呼ばれる所以です。
故に、精磁会社時代に制作されたものは数少なく希少性があります。
近代化を目指した明治政府は国賓の為に建築した日本初の迎賓施設「延遼館」が1890年に取り壊さるまで多くの外国貴賓を迎えています。1882年にはフランスに倣った晩餐会など開催され、1883年にはサイア・コンドル設計の鹿鳴館が開館しました。この時代にのって日本での洋食器への需要が高まり発展へと繋がっています。
遠遼館、鹿鳴館、皇室の饗宴で用いられる洋食器を製作していたのは精磁会社が主です。
香蘭社はもちろん、白川の名工であった南里嘉壽も製作しています。銘に「遠遼館備 伊万里窯 肥前 嘉壽造」とありましたので南里嘉壽が香蘭社や深川製磁に肩を並べていたのがわかります。
サイズは写真の通りです。
よろしくお願いします。
※最近、私の説明文等をコピーして出品している方が多く見られます。お控えをお願いします。
| 商品の状態 | やや傷や汚れあり","subname":"目につく傷や汚れがある |
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| ブランド | 有田焼 |




















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